2015年6月11日木曜日

贅沢

「真のラグジュアリーとは、生をまっとうすることなのよ」


今年観た映画に出てきた台詞を、覚えていた。「はじまりは5つ星ホテルから」という映画だった。


なにが究極の贅沢...?ってずっと考えていた。結局、他人と深くつながることだと思っている。


とはいえ、すべての人と深くなるのは難しい。知り合いが多くなれば、関わる社会が増えていき、建て前の顔と本音の顔を器用に使いこなせるようになるから、ときどき、自分の本心が分からなくなる日がくるの。まあ、それも楽しんでしまう一面もあるんだけど。その意味では、人間関係の浅さが分かると深さが分かるから、それはそれでいい。やはりどちらもあるというのが、本当だから。


そう。それで、深いつながりを持つのはこの上なく贅沢な体験であるという話。 


本人に言ったことはないけれど、私は自分自身に対する信頼と同じくらいの度量で、無条件の信頼をしている人たちがいる。特別、近くにいるわけでもないはずなのに深いレベルのつながりを感じる。なかには、初対面の日からお互いに「あっ」って感じで、ちょっと話をして、もう既に知っていることを思い出すような気分になった人も。

本気で人間に惹かれると、敬語を使うことも、通常なら誰に対してもする気遣いも、忘れてしまう。本当にこの人すごいなと思うとすごいなんて言えない。最大のリスペクトの証拠なんだけどね。だからちょっと、性格悪いやつに映っているかもしれない。笑
たとえば、もしあの人たちが犯罪を犯したり、私を酷く裏切ったとしたとしても、ひとつも態度をかえないし、痛くもないし、なにも憎まないと思う。深く信頼すると、そうなる。

だから、信じていたのに裏切られたって話は、なんか嘘だよね。あれ、最初から信じてないんですよ。信じるって期待や見返りの行為じゃないはずだから。

この感覚に出逢うまでは、孤独な期間だった。人は大勢いるのにつながっていない感じが、二十何年間もあった。冷め切った状態に慣れていた。初めてのそういった出会いとともに「生きる」のスイッチがオンになった気がしている。あー、生きていて良かった、生きているとこんなにいいことが待っているんだって、歓喜を味わった。


一度美味しい味を覚えると、また欲しくなってしまう。贅沢がいつの間にか自分にとってのスタンダードになっていくのね。本物の出会いと深いつながりをこれからも求めて、魂の歓喜にしたがって。今日よりも明日は、きっともっと、楽しいの。




写真は冒頭の映画、ワンシーン
















































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